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館内に併設されている「妻木郷土資料室」には妻木城祉がある城山の模型をはじめ妻木城主が身に付けた鎧甲冑などが展示してあり、散策スタート前にここで予備知識を仕込むのにはピッタリです。
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妻木町にも切支丹灯籠があった。上郷地区の春日神社の片隅にひっそりと・・・(写真の右下)。この灯籠は花崗岩で作られており、竿には宣教師を思わせる異国風の像が陰刻されています。製造年代は不詳であるが江戸前期頃と思われます。 |
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昭和18年8月25日に完成。高さ5m、長さ28m。
土岐市内では初めての指定。指定された理由
1. 昭和時代の施工としては珍しいコンクリートを使わない空石積堰堤であること。
2. 間知石(けんちいし)を用いて矢羽積されていること。
3. 空石積堰堤で矢羽積されている施設は、国内でもこの地域以外は例が無いこと。
4. 再現する事が困難であること。 |
妻木城の北麓にある陣屋と家臣団の武家屋敷跡。関が原の戦いの後、7500石を領した妻木家は、三代頼次が急死し後継ぎが無く万治元年(1658)お家断絶となり、武家屋敷は解体されました。字御殿跡から字堀之内にかけての範囲が屋敷跡と考えられています。
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崇禅寺は土岐明智氏の初代頼重が文和三年(1354年)に夢窓国師を勧請開山、果山禅師を開山として創建しました。妻木城主代々の位牌や墓所があります。禅宗の寺院としての風格を持つ境内に歴史の重みが感じられます。釈迦如来立像など岐阜県、土岐市指定の文化財を多数所蔵しています。
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八幡神社の創建は、元応元年(1319年)に美濃国守護土岐頼貞によるとも、頼貞の孫土岐明智頼重が妻木城築城後に建立したとも云われます。妻木城主の氏神として手厚く保護されてきました。流鏑馬が行われる広い参道や64段の石段の上に建つ社殿は、妻木城主の栄華が偲ばれます。絵馬など岐阜県、土岐市指定の文化財を多数所蔵しています。
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| 妻木の陶業の祖といわれる加藤太郎左衛門景重は、妻木城主が元和七年(1621)江戸城書院瓦の製造を江戸幕府より命ぜられるとこれに従事し翌年これを納めたことが知られています。陶祖作の香炉が崇禅寺などに残されています。 |
妻木城は通称城山に立地し、14世紀に土岐頼貞の孫土岐明智彦九郎頼重が築いたとされています。その後、一族である妻木氏が領主となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに西軍である岩村城主の田丸勢を破った功績で7,500石を所領しました。 城は山頂を中心に約200メートル四方の範囲に、曲輪、石垣、土塁などの遺構が残されています。北側の山麓には御殿と呼ばれる領主の館と家臣の武家屋敷が築かれ、万治元年(1658年)の妻木家断絶まで陣屋として存続しました。 山頂は「妻木城跡」、山麓の御殿跡および武家屋敷は「妻木城士屋敷跡」としてそれぞれ県史跡に指定されています。 |
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