H 「ゆとり教育」

 塾を始めてもう20数年。その間、文部省(文科省)が行ってきた学習指導要領の改訂はまことに一貫性のないその場しのぎと断言できるものであったと思う。
 国文法、英文法が悪者扱いを受けたり、アレルギメデスの原理が生徒の負担を軽くするためにという理由で消えたりした。最近では数学の解の公式が消えて、すぐ「発展学習」という形で復活した。「生徒にゆとりを」という(?)目的で色々な単元を削除してきたが、さすがに今回の改訂があまりにひどすぎて、やっと世論が騒ぎ、その非難をかわそうとあわてて修正を行ったようである。
 一体、政府は50年、100年先の日本を頭に描いているだろうか。そのための子供の教育について大きな計画ができているだろうかと不安に感じる。
 これらの問題について愛知教育大学名誉教授後田忠勝先生が文章にまとめてくださいました日本の教育を考える上で是非読んで頂きたい内容です。
その1 基礎学力の低下にかんがみ、現在の英語教育の実際を憂う
その2 「ゆとり教育」と学力低下の問題
 我が子の教育を国まかせにしないで1人一人の親がしっかりした見識を持ってなければなりません。
   G 「生徒がキレるのは詰め込み教育のせい?」
 学校で何か問題が起きると、多くのメディアや教育評論家はその原因を勉強や塾のせいにし、教科の内容が多すぎるとか詰め込みすぎだと非難してきました。。それを受け文部科学省は実際に教科の内容や時間を削減しました。さてその結果はどうでしょうか。学校や生徒の問題は減ってきたでしょうか。メディア・評論家そして対応する文部科学省も全く見当違いであると思います。
 今の子供達は非常に生真面目で、学習に関して、心からちゃんと納得したいと思っているんです。ところが現実は学習内容が削減されて中途半端だったり、授業時間が足りなかったり・・・結局、子供達が満足し納得する授業が行なわれていません。子供達は言わば消化不良を起こし、いつもイライラしている状態です。それが「キレる」原因の一つになっていることを文科省の方々は気付いておられないようです。
 まずは、6時間授業と土曜日の授業を復活させることを提案します。その上で少々かみごたえのある中身の濃い授業を行い、できる喜びを味あわせれば、生徒が「キレる」ことが減って、学校も平和になると思われます。
 F 「織部・おりべ・オリベ」

 「織部」すなわち 古田織部にちなんだ言葉です。最近、土岐市を中心に色々な物や場所にこの「おりべ」という言葉がつけられています。たとえば
・オリベネットワーク ・オリベストリート ・おりべが丘 ・織部の里公園 ・織部祭り(旧土岐市ふるさと祭り)などなど。まだあると思う。
 事の起こりは、岐阜県が古田織部の偉業を称え、「オリベイズム」と言い始めた事からだと思うが、本当にこの言葉の真意を何人の人が理解しているであろう。
 これと同じ事が教育の世界で幾度となく繰り返されてきた。例えば、英文法の扱い。誰かが日本の英語は文法偏重だと言った途端、文法を教える事がまるで悪い事でもあるかのように言われる。偏差値のことや入試模試についても然り。全て悪の根源のように言われている。
 文法を教えずにどのように外国語を習得させるのか、入試模試をしないで何を基準に生徒の志望校を絞るのか。先生方が頭を抱えている様子が想像できる。そんな現状を誰も非難しない。一番の被害者は生徒達である。
 10年先 100年先を見据えた 教育方針を立てて欲しい。
E公立高校入試に一言

 岐阜県の公立高校入試において、近年最も大きな改革は特色化選抜といわれる普通科の推薦入試でしょう。推薦入試といえば職業課程のみであったのが、普通科入試にも導入されたわけです。
 その特色化選抜は2月中旬に実施され合格発表は25日(2004年の場合)です。受験をした生徒達は倍率が高いにも関わらず、「ひょっとしたら合格かも?」と考え、その間勉強が手につきません。合否が決定し、倍率はかなり高いので(ある高校は40人募集に300人くらい)
多くの生徒は不合格の通知を受けるわけです。子供達は次の入試に向けすぐにスタートできるでしょうか。そして、3月の一般入試はその一度、不合格の通知を受けた生徒が受験することになります。
 入試改革の趣旨としては、「公立高校を2回受験できる」ということだと思いますが、3月の入試をほとんどの生徒が「敗者」として受験するこの現実を県の教育関係者の方々はどのように認識されているのでしょうか。
2004/02/20
D 「下げパン?」 「超ミニ」 の是非

 数年前から、主に男子中学生・高校生のズボンがずいぶん下がってきている。シャツは外に出ているし、下着のパンツは見えているし。今にも脱げはしないかと余計な心配をしている。
 何故、こんな「下げパン」が流行るのか私なりに考えてみた。今、中学生を見ていると、体操服の上にジャージを着て、さらに下校時にはその上に学生服を重ねて着ている。おそらく着替えが面倒なのだろうが、これが「下げパン」の一つの理由かもしれない。カッコいいファッションとして考えているのは本人だけだろう。
 真剣に心配していることは、大切な精子製造工業がオーバーヒートするのではないかということです。下着を入れると4枚重ねになるとちょっと・・・・・・。
 女子高校生の超ミニスカートも定番人気だ。脚が太くても短くてもお構いなしである。この超ミニスカートで平気であぐらをかく生徒がいるが、スカートの下にはちゃんと短パンを履いている。女の子は冷やさない方がいいけど、行儀の悪さは目に余る。
 「下げパン」にしろ「超ミニの行儀の悪さ」にしろ、必要のない重ね着がその流行の元になっているかもしれない。
 いいのかわるいのか・・・・?
 次は何が流行するのやら。
C「最近 特におかしいと思う事」
  ある地方自治体の都市計画書を読んだら、「ステイションゲイトウエイ」とか何とか書いてありました。何の事はないただ「駅前通り」のことです。どうして英語を使う必要があるのでしょうか。また先日の国会では小泉総理がマニュフェストをうまくいえず何回も「マニュ・・・・」と苦笑しながら言っていました。簡単に言えば「公約」のことらしいですが、公約という日本語で言えば良いんではないでしょうか。
 中にはすっかり日本語になった英語もありますが、使う必要のない英語(横文字)が何故使われるのでしょうか。
 そこには明治維新以来の欧米崇拝があり、日本語=ダサイ、英語=カッコいい・高級 という感覚があるのではないでしょうか。こういう考え方が根本にある限り
日本の顔が見える政治・文化・外交は生まれてこないような気がします。
 英語=カッコいい であるなら英語好きな生徒が多くなっても良いはず。これだけ英語が溢れているにも関わらず、反って英語が苦手な生徒が増えているのは
何故なんでしょう。
B「S君の発表会
 S君は小6の時から東海アカデミーに通っている、現在中3の男子生徒です。彼がエレクトーンを習っていることを知っていたので、いつか聞かせて欲しいと日頃から言っていました。先日、ついにその願いが叶いました。
6月29日(日)に土岐市文化プラザで発表会があったのです。いつもはひょうきんなS君ですが、演奏前に会った時は、いつになく緊張した様子でこちらもちょっとドキドキしてしまいました。
 曲目はドボルザーク作「新世界第4楽章」・・・・♪
 彼が演奏を始めた途端、会場のざわめきがピタっと止み、力強い音、ある時は繊細な音色、踊るような演奏に圧倒されてしまいまいした。
 おもわず目頭が熱くなると同時に、楽器を思うように弾ける彼が羨ましいと思いました。
 一般的に習い事は小学生で卒業する場合が多い中、それを続けてきたS君と応援されているご家族はカッコいいと思いました。
        (演奏中のS君)
 2003/07/01
A「学校の部活のこと

 学校が週5日制になり、生徒達が「暇で暇で何をしたらいいのか、困ってしまう。先生!何かやろうよ。」と言ってくるのを期待していましたが、現実は大きく違っていました。
 もし、生徒達からそんな申し出があったら、良い本を紹介してやろうとか、皆でおにぎりでも作ってハイキングにでも出かけよう・・・・などと考えていました。
 ところが以前にもまして疲れた表情が目立つようになったので、聞いてみると、「土・日両方とも明るいうちは練習がある。」との返事でした。実際、指導者が学校の教師だけではなく、父兄の方によるボランティアになってから、夜や土・日の昼間の練習が増え、折角の休日を自分の思う通りに過ごせないのが現実のようです。
 皆で楽しんで心身を鍛えるということより、試合に勝つ為だけの練習に変わってきているように感じました。もちろん勝つことも楽しくなる大きな要因ですが・・・・。
 休日はゆっくり勉強したり、ボーっとしたり、音楽を聴いたり・・・・そんな風に過ごさせたいと思うのです。
2003/05/21
@「大きく変化した社会と子供」                                                       
 この土岐市で塾をはじめて25年以上経ちました。
コンピューターを使った授業の導入、外国人講師の採用、個別授業の開始など授業の形態にも色々な工夫を凝らしてきました。
決して平坦な道のりではありませんでしたが、子供達のやる気と笑顔に支えられ、塾長はじめスタッフ一同、がんばっております。
 この20年は社会も大きく変わりましたが、子供たちも変わってきました。東海アカデミーを始めた当初、印刷は「ガリ版」でした。その後、ボールペン原紙、ワープロ、そして今ではパソコンで作り、カラーで簡単にしかもきれいに印刷出来るようになりました。便利になったものです。
 ただ今不安に思う事は、こんなに便利になりすぎた社会では、こつこつと面倒な作業をしたり、じっくり考えたりする子供たちが育ちにくくなっているように思います。
 一方、この不況の中で根強い人気を得ているのが、「手作り・・・」と名前のついた商品です。コンピューターを使った機械が手軽にいろいろな物を作り出している中、人の手による製品に憧れを持つのは何故でしょう。人の暖かさが伝わってくるからかもしれません。私は「機械文明が高度になればなるほど、人間が本来持っている能力が失われていくことに気づいたから」だと考えています。合理的なりすぎた社会は楽な方へ楽な方へと流れて行き、精神的にも肉体的にも耐える力を失っていきつつあるように思います。
 せめて子供たちは不合理でもいいから、自分の手や頭や体で試行錯誤を繰り返し、いろいろな事を身につけたり作り出したりするような体験をさせてやりたいと思いながら、毎日接しています。                                                                                                      2003/4/01